「AIで作るのが速く安くなる時代だからこそ、
作る量ではなく、事業価値の面積を最大化する」
リクルートの新人研修(エンジニアコース)で使用される講義資料。黒田樹氏(株式会社インディードリクルートテクノロジーズ VP)が、 「コードと事業価値はどうつながっているのか」という根源的な問いから出発し、エンジニアリングの本質的な意義を解説する。 全35スライド、新人向けながら非常に示唆に富む内容として178はてブを獲得している。
最大化すべきは「開発量」ではなく、時間軸上に積み上がる「事業価値の面積」である。
AIで作ることが速く安くなる時代でもこの構造は変わらない。むしろ、使われないものを速く作れるようになる分、この理解がより重要になる。
開発した機能やUXは、それ自体が事業価値ではない。リリースされ、使われ、意味があって初めて事業価値に変換される。 開発中は事業価値は発生しない。したがって、時間軸上に積み上がる価値の「面積」を最大化することが目的となる。
リリースした瞬間にアウトプット(開発量)は増える。しかし、アウトカム(事業価値)は使われ、売れ、運用され、価値を生み続けて初めて積み上がる。 生産性を見るときは「どれだけ作ったか」ではなく「どれだけ価値として積み上がったか」を見る必要がある。
コードが増えると、未来の開発生産性は落ちる。仕様確認・影響範囲調査・設計・テスト・運用確認が毎回発生するから。 AIで作るコストが下がる時代ほど、コード総量は増えやすい。しかし、コードは書いた瞬間から保守対象になる。
どちらも未来の開発生産性を下げる。どちらもEngineeringの対象である。
オーバーエンジニアリングは「期待値の見誤り」から起きる。事業文脈を正しく理解していないと、以下のような錯覚が発生する:
同じプロダクト開発でも、価値化の経路が違えば最適な進め方も変わる。重要なのは開発手法の名前ではなく、どの進め方が事業価値を最大化するかである。
既存市場への後発参入や、営業開始日・販売オペレーション・顧客接点がロックされる商品開発。 市場投入のタイミングに間に合わせ、当たり前品質を満たし、営業や業務が一斉に動ける状態を作ることが重要。
不確実性が高い場合。実際にユーザーに使われるまで結果が読めないものは、作って市場に問う方が効率的。 不確実性をどの順番で下げれば事業価値に最短で近づくかが判断基準。
人が忙しくても価値が流れていなければ事業価値は増えない。 逆に、人の稼働率が100%でなくても、価値が早く流れていれば事業貢献は大きい場合がある。
AIによって作る力が増えるほど、開発対象は増える可能性が高い。 開発対象が増えるほど、維持保守・運用・障害対応・依存関係管理の総量も増える。
「価値を作るEngineering」と「価値を止めないEngineering」は、同じ事業貢献である。
たくさん作ることではなく、価値になるものを作り、価値にならないものを作らず、作った価値を止めないこと——これがAI時代のEngineeringのミッション。
黒田 樹(くろだ たつき)氏 — 株式会社インディードリクルートテクノロジーズ プロダクトディベロップメント2ユニット Vice President。 2004年に大手SIerへ新卒入社後、2011年リクルート入社。新規事業の企画・開発、HR領域の内製エンジニア組織マネジメント、 横断エンジニア機能組織の担当を経て現職。Developers Summit ベストスピーカー(総合1位)受賞歴あり。